とことん歴史紀行「小早川隆景 毛利家を守り抜いた戦国の賢者 広島」感想

2016年02月09日

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 ※安芸ひろしま武将隊から隆景公、元春公が出演されておりましたのでPVを載せました。

 自分は戦国武将についてもズブの素人ですが、素人なりに毛利家が好きで、色々と本を読んだりして楽しんでいます。特に元就公+三兄弟が好きなので、今回は小早川隆景公がメインに取り上げられるこちらをとても楽しみにしておりました。
 こういった番組は学芸員さんのお話が伺えたり、色々な品が拝めたりと現地に行かずとも味わえるというのもいいですよね。すぐに行ける場所ではないので重宝しています。

 少し話が逸れるのですが、安芸高田市歴史民俗博物館公式twitterでこのようなことが…



 素人にはここが難しいです…。
 色々説があるからこそ歴史のロマンだと思っておりますが、どれが信憑性が高く、どれがそれほどでもないのかがよく分からないと。その上、小説を読んだりゲームをすると全部混ざってくるという…(笑)しかし研究が進むにつれてどんどん変わってくることは喜ばしいことですよね!

 さて、話を戻しまして追記は番組の感想です。
 ネタバレですのでご注意を。





イントロ部分

 番組は天正10年の備中高松城の戦いでの水攻めから始まりました。
 秀吉が天下を取ると予言したのが小早川隆景である、そういうイントロです。
 実際隆景公は五大老にまでなり、秀吉公から「西方は小早川隆景、東方は徳川家康に任せておけば安泰」とまで言われるほどの人物です。黒田官兵衛からも「日本一の賢人」と評価されていたのは有名なエピソードですね。
 しかしながら毛利のために生涯を費やしたと、そういうところがまた熱いところなのではないでしょうか。自分もそういうところが好きなところでもあります。

 こちらの番組は歴史作家の加来耕三さんがお話を交えておりましたが、ずばり三兄弟で能力は一番とまでおっしゃっておりましたね。
 元就公は子どもがたくさんおりますが、中でも有名なのが三本の矢と関わり深い三兄弟だと思っています。それぞれ秀でており、軒並み優秀な息子たちばかりだとも思っているのですが、一番父親を色濃く受け継いだとよく書かれている気がします。

 また、隆景公のことだけでなく三原城についてもCG再現などがあり、これが嬉しかったです。
 三原城については、当時山城が基本であるところを海のところに作り、しかも容易ではないことから職人の信頼があったからこそ成り立った城だろうとも言われておりましたね。


広島

 毛利ということで、広島城から改めて始まりました。自分は広島には行ったことがなく、地下鉄がないということを初めて知りました。地盤の関係らしいですが、その代わり路面電車はとても発達しているのですね。

 そして画面に映し出されるのは、天正17年に築城された広島城です。現在のものは昭和33年に復元されたものですが、戦前の貴重な写真も映っておりました。とても美しいお城ですよね。
 ここでは広島城築城のエピソードも交えてでした。官兵衛に相談しての城でしたが、秀吉は見るなり水攻めですぐにやられてしまう城だとあざ笑ったというものです。これには狙いがあり、あえて弱い城を隆景は選んでいたと。豊臣家臣である今作るべき城は、大阪城よりも良い物ではないという隆景の先見の明があったという風にまとまっておりました。
 加来さんは輝元はそこまで考えていなかったと思われるがと言われておりましたが…!
 しかし広島城は珍しく戦にほぼ巻き込まれないお城になりました。こういうのを考えますと、頭の使い所というのをとても感じますね。

 毛利から離れますが、広島城と言いますと福島正則公が無断修築で改易というエピソードも中々に強烈だな、と。

三原

 天文2年(1533年)に隆景公は生まれます。
 当時の毛利家はまだ一豪族というところでした。しかし元就公の策で、息子二人を吉川家と小早川家に送り込みお家乗っ取りに成功します。この辺りもとてもおもしろい部分ですが、本筋から離れますので割愛を。
 隆景公は12歳で竹原小早川の養子に入り、20歳の時に新高山城をつくります。ただこの養子に入った際にとても気苦労耐えなかったであろうと。だからこそ、古くからの家来の心を掴むすべなどはこの時に学んだのでは? とも出ておりましたね。
 また、父・元就との手紙も出ておりました。とにかく耐え忍ぶこと。忍耐を父親から教わったとありました。

 この三原でのできごとは、泉淳さんの「瀬戸の鷹 小早川隆景」が自分はお気に入りです。養子入りしてからのあれこれから成長を遂げ、立派な武将にと姿を魅せてくれます。戦国武将としても格好いい描かれ方をされていると思っています。

智略

 三兄弟はよく、仁の隆元、武の元春、智の隆景と紹介されることも多い気がしているのですが、ここではその智略についてでした。
 沢山の戦がありますが、やはりここは厳島の戦いでした。大好きなのでそれだけでテンションが上がりますね!
 この戦いは日本三大奇襲の一つ、陶晴賢の2万の軍勢を毛利がわずか4000の軍勢で退けるというものです。智略として、前夜の会議にて元就と隆景で喧嘩をするもののそれすらも策であったという部分でした。

 この合戦はただ単に調べるのも面白いですが、山岡荘八さんの「毛利元就」も面白いですね。こちらに出てくる子供時代の隆景もまた三男坊らしさが出ていてかわいいなぁとも思います。
 
浮城、鞆、米山寺
 
 1時間番組かつCMを挟むのでサクサクと進んでいきますね。
 いよいよここでは三原城の再現なども。この三原城の天守台は広島城天守のなんと6倍もの広さでして、しかしながら現在は一部ではありますが見事な石垣と堀は一見の価値ありだそうですね。映像でもずっと流れておりましたが、雪が舞う中というのもあり、一層でした。

 さて、毛利は天下を望むなという元就の言い伝えがありそれを守っていた息子たちでしたが、将軍・足利義昭の方がこちらに来てしまうという事態に。歴史にもしはありませんが、もし隆元公が生きていれば元就公は天下取りに出たのでしょうか?

 というわけで将軍が来てしまうわけですが、そこで隆景は自分のところで引き受けると。鞆において将軍の居城が作られたのだろうと言うことで、その鬼瓦が展示されていたのですが、これがまぁ見事なもので。とても大きいですし、立派な鬼瓦です。将軍なので当然かもしれませんが。しっかりと足利義昭の九七の桐も入っておりました。
 そして義昭公は打倒織田信長のため輝元公を福将軍にして…というお話が出ておりましたが、隆景公がこの辺りで危機感を持つという書状が公開されておりました。
 よくよく考える人であるというのはこれまた黒田官兵衛とのエピソード(あなたは頭が良すぎるから~のです)でありますが、そういうのが伝わりますね。

 そして冒頭でもあった備中高松城の戦いへと移っていきました。
 ここで元春は秀吉の追撃を提案し、隆景はそれを止めたと、武将隊のお二人が再現されておりましたね。この秀吉に対しての吉川家というか元春・元長父子辺りの嫌いエピソードも面白いのですが、どんどん話がそれていくので割愛で!

 番組の最後は米山寺で締めくくられました。
 重要文化財指定されている、小早川隆景の木像が拝めたのですが、この木像の注目点でもあり珍しい部分に蓮の花の台座に乗っているというのがあるようです。
 確かに蓮の花といえば仏様を思い浮かべますし、そういったことから仏に値するほど人格者だったのでは? とも言われているようですね。とても美しい木像と、そのエピソードにとてもじんわりきました。


 あっという間の1時間でした!
 個人的に面白かったのは三原城のCG再現でした。実際に船に乗ったらどう見えるかという視点だったのですが、浮城の名に相応しい様子でしたね。もし残っていたら…なんていう夢の様なこともつい考えてしまうほどでした。
 とても楽しい時間でした! 隆元公編、元春公編も拝みたくなってしまいます。
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